論文検索を行う際、特にAIを使ったツールを利用する場合、分野に詳しくないことも多いため、その文献の信頼性や重要性を簡便に見極めることが大切です。
どのジャーナルや論文を優先して読むべきか判断するための指標として「引用回数」や、それを基にしたジャーナル指標がよく利用されますが、果たしてどこまで信頼できるものでしょうか。
そこで本記事ではこれを明らかにするために、以下のポイントについて詳しく調べてみました。
- 論文が引用される理由と背景
- 引用回数を基にした指標の意味と活用方法
前半に当たるこの記事では論文が引用される理由をいくつかのviewpoint, essayなどからまとめてみたいと思います。後半では、引用の理由を踏まえたうえで引用回数を基にしたジャーナル指標の定義・問題点・使い方について考えていきます。
今回も例によってYouTubeで動画版を作成していますので、興味があればぜひご覧ください。(1/29本日中に公開予定です)
論文が引用される理由とは?
引用は、その論文が重要であることを示す一つの指標とされています。しかし、すべての引用が純粋に学術的価値だけを基にしているわけではありません。論文を執筆した経験のある方なら思い当たるかもしれませんが、学術的ではない理由で引用することもあるのではないでしょうか。
例えば
「アクセスできないので、本来は違う論文を引用したかったけど別の論文を引用した」
「レビュアーから推奨されて拒否できず引用した」
「他の論文も皆引用しているのでよく読まずにそれを引用した」
などなど、、、。
これらの場合には学術的でない側面も関わっていることが分かります。そうなると引用回数だけでは文献の価値を単純に判断できないような気がしてきます。
そこでいくつかのエッセイやviewpointから垣間見える代表的な引用行動について覗いてみることにします。
正統派な引用とその分類
引用行動を分類した代表的な研究として、インパクトファクター(IF)の生みの親であるユージン・ガーフィールド博士のエッセイが挙げられます1。彼は以下のような「正統派な引用」の例を挙げています。IMRAD形式のどこに当てはまるかをみながら大まかに分類してみます。
1. Background
- 先駆者や関連研究への貢献の示唆
過去の重要な研究や関連する研究成果に敬意を示し、それらが自分の研究にどのように貢献しているかを明らかにします。たとえば、「この研究はA氏が発表したBモデルを基に拡張したものである」といった記述がこれに該当します。 - 背景資料の提供
読者が研究内容を理解するために必要な基礎知識や理論的背景を補足します。たとえば「DNAの配列を確認する標準的な手法としてC手法が広く使われている」と記載する際、その手法を紹介した文献を引用することが適切です。 - アイデアや概念のオリジナル文献の特定
研究で使用される特定のアイデアや理論の発祥元を明示します。たとえば、「D理論はE氏によって初めて提唱された」という場合、その文献を引用します。 - 人名由来の概念や用語の文献特定
例えば「Fの法則」や「Gの定理」など、人名に由来する概念や用語が使われる場合、そのオリジナルの文献を特定して引用します。これにより、研究が誰によってどのように形成されたかを読者に伝えることができます。
2. Method
Methodでは再現性を高めたり、詳細な方法を提示する場合によく使用されます。
- 方法論や装置の特定
研究で使用した実験手法、計測方法、装置の詳細を明示する際に、それらの元となる文献を引用します。たとえば、「H法を用いてデータを解析した」と述べた場合、H法を初めて記述した論文を引用することが必要とされます。
3. Discussion
ここもかなり引用が活きてくるセクションです。仮説を論じるうえで先行研究との比較は必須と言えます。
- 自身や他者の研究の修正
自分や他者の過去の研究の誤りや不足を補足・修正する際に、その研究を引用します。たとえば、「I氏の研究結果を改良し、より高精度なモデルを構築した」といった場合に引用されます。 - 他者の研究やアイデアの否定や異議
他者の研究結果や理論に異議を唱える場合、必ずその文献を引用し、議論を展開します。これにより、自身の主張が既存研究とどのように異なるかを読者に示すことができます。 - 主張を裏付ける
自分の研究結果や主張を支持するための根拠として、データや理論の正確性を確認する文献を引用します。たとえば、「Jの研究でも同様の傾向が報告されている」という形で引用を行うことで、自分の結果が信頼できることを補強します。 - データや事実、分類の提供
実験結果や理論的な主張を支えるために、既知のデータや数値などを提供する文献を引用します。これにより、研究結果が客観的に正しいことを保証します。
このような正統な引用の分類は、AIツールによって分析可能になりつつあります。たとえば、Sciteは引用元の内容を賛否に分けて解析し、Consensusは質問への回答を論文の賛成・反対で示してくれます。
また、論文管理ソフトのPapersはライブラリにある文献が引用元でどのように引用されているのか、その文脈を一部示してくれます。
こうしたツールの詳細については、過去のブログ記事でも紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。
引用行動の背景に潜む社会的な影響
ここまで述べたような正当な引用以外に、引用行動は社会的な影響も受けることが指摘されています。
まず紹介するのは、2010年に発表された論文で、引用行動におけるバイアスについて検討した研究です2。この研究では、引用行動に潜む社会的な影響の具体例として、以下のようなケースが挙げられています。
社会的な引用行動の例
- 自己引用
自分の研究を最も理解しているのは自分自身という側面もありますが、研究内容をプロモーションする目的や、指標(インパクトファクターなど)を高めるために自己引用を意図的に増やす場合があります。 - 友人や同僚の引用
研究者同士の関係性や配慮から、友人や同僚の論文を優先的に引用することがあります。 - 言語的に理解しやすい論文の引用
母国語や得意な言語で書かれた論文を優先して引用する傾向があります。 - アクセスしやすい文献の引用
自分の所属機関でアクセス可能な論文やジャーナルを引用することが多くなります。 - レビュー記事の引用
オリジナルの研究よりも、要点がまとまっているレビュー記事が引用されやすい傾向があります。ジャーナルの引用数制限がある場合に、引用数を節約する目的で行われる場合もあります。 - 批判的な引用
他の研究を批判したり、反論するための引用もあります。特に、議論を展開する際に批判しやすい、あるいは自分と対立している研究者の論文を引用するケースもあります。 - 頻繁に引用される論文の引用
他の研究者が頻繁に引用している論文を引用すれば、自分の議論に信頼性を付与しやすいという理由や幅広く知られているため深く読まなくて済むという利点から、広く引用されている文献を選ぶ場合もあります。
研究者であれば、これらの行動に少なからず心当たりがあるかもしれません。実際のところ今回の記事と動画を作成する際も、アクセスできない論文があったりしていますので、全くこの辺の影響は否定できないわけですが、、。時間やアクセスの制限を考えるとこの影響は誰しも無視できないと思います。
悪い引用行動の具体例:2020年の意見記事より
さらに、2020年の引用慣習に関するopinionでは、上記に加えて以下のような「望ましくない引用行動」の具体例が挙げられています3。
- 威信を借りる引用
権威ある研究者やハイインパクトジャーナルの論文を不必要に引用し、自分の研究を権威づけようとする行動。 - 流行(buzz)への便乗
流行しているテーマやトピックに関連する論文を引用し、自分の研究を目立たせる目的で行われます。 - レビュアーに媚びる引用
投稿先のジャーナルの査読者が好むであろう論文を意図的に引用すること。 - レビュアーの指示による引用
査読プロセスでレビュアーから指摘された文献を追加で引用するケース。 - 投稿先ジャーナルを意識した引用
特定のジャーナルに採択されるために、そのジャーナルの論文を引用する行動。
こうした行動は、研究者の立場や状況からある程度理解できる部分もありますが、学術的に正当な引用行動とは言えないことが多いです。
学術的必要性と社会的影響:引用行動の2つの側面
ここまで述べたようなさまざまな引用行動を大別すると、「学術的な必要性」と「社会的な影響」に分けることができると思います。
- 学術的必要性
- 背景や根拠を示すために必要な文献を引用する。
- 方法論やデータの出典を明示するために引用する。
- 社会的影響
- 権威や流行に便乗したり、友人関係やレビュアーへの配慮から引用する。
現実には、社会的影響だけで全く学術的価値がない論文ばかりを引用することは難しいです。しかし、学術的にはどちらでも許容されるケースでは、社会的な影響を受けることが多いのも事実です。一概に判断することが難しいのが引用行動の特徴と言えます。
学術的必要性と比べると社会的影響はネガティブな文脈で語られがちですが、必ずしも悪い事ばかりではないと思います。研究者同士のコネクションがあるということはそれなりにその分野や内容に関してネットワークがあって関心がもたれているということですし、そういった分野には肯定だけでなく批判的な吟味もされやすい可能性があります。誰も見ておらず批判されないような内容よりは、そっちの方が良いのではないでしょうか。
引用数という数だけでなく何故引用されているかも考えられると、その論文の立ち位置がより浮き彫りになって面白いのではないかと思います。
マタイ効果と引用の集中
引用行動に関しては、「マタイ効果」として知られる現象も重要です。これは、「引用されればされるほどさらに引用される」という傾向、いわゆる"The Rich Get Richer."を指します。注目度が上がることで引用数が加速し、一部の論文に引用が集中する結果を生みます。
たとえば、同じジャーナル内でも引用回数の分布は大きな偏りを見せることが多く、一部の論文だけが極端に引用されることが指摘されています。このような現象を考慮しないまま引用数だけを基に評価することは、適切ではありません。
まとめ:引用数を評価指標として使う際の注意点
業界内での立ち位置を理解するために引用数を活用する
その論文やジャーナルの影響力や立ち位置をみるうえでは引用数は有用な指標です。ただ、学術的な
引用行動には学術的必要性だけでなく社会的影響も存在する
研究の背景やデータを明示する正当な引用と、社会的要因に基づく引用があります。これらは明確に分けられるものではありませんが、同じような論文で引用数に違いがあるときには考慮してみてもよさそうです。
引用数は量だけでなく質も考慮すべき
数の大小のみで比較するのではなく、たとえば、引用された理由(好意的、否定的など)や、引用の背景を意識して評価することが重要です。
ではこの内容を前提として、次回の記事では引用回数を用いたジャーナル指標について深掘りしていきたいと思います。
参考文献
- Stevens, M.E., Giuliano, V.E., & Garfield, E. (1964). Can Citation Indexing Be Automated ?https://www.semanticscholar.org/paper/Can-Citation-Indexing-Be-Automated-Stevens-Giuliano/b728646f8d8114afe22dead9623a58f479cbed66 ↩︎
- Frank‐Thorsten Krell, “Should Editors Influence Journal Impact Factors?,” Learned Publishing 23, no. 1 (January 2010): 59–62, https://doi.org/10.1087/20100110. ↩︎
- Steve Cranford, “C.R.E.A.M: Citations Rule Everything Around Me,” Matter 2, no. 6 (June 2020): 1343–47, https://doi.org/10.1016/j.matt.2020.04.025. ↩︎
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